2006年11月02日木曜日
---奇妙なお話し2--- [ショートショート]
『遠い日の想い出』 その一
「その頃は今のように高いビルもなく、辺り一帯がたんぼの海のようでした。
写真にでも写しておけば善かったと今になって思いますけれど、その頃の私は八歳の少女だったものでとてもそれには及びません。
しかし幼い心のキャンバスには当時の風景、そして夕焼け空に飛ぶ烏、蛍達の幻想的な光の乱舞、潮風の香りがいまだ生々しく描かれています。
その中でも強く私をそこに導くものがありました。
それは一緒に遊んだお友達です。
かけがえのない思い出を一緒に作ったお友達の顔を今でも思い出して、懐かしさと共に少し寂しげな思いがいつも胸の底から沸き上がってくるのです。」
そこまで書いて私はペンを置きました。
電灯を消し、窓いっぱいの満月を仰ぎました。
月の中では幼い私とお友達が走り回っています。
ここは父の実家。
年中行事になってしまったようで、夏休みになると家族で必ず祖父母に会いに来るのです。
私もこの日を待ち遠しく思っていたもので休みの間中滞在していました。
都会と違って遊園地なぞ無いのですが、ここに来ると去年帰るときと同じままで向かえてくれる優しさが私の心をつかんで離さないのでした。
物心ついてから初めて来たときは、村の子供達から相手にされませんでした。
私は初めのうち祖母から離れずにくっついてばかりいました。
畑仕事に出る祖母の後ろに隠れながら外で遊んでいましたが、祖母もいい加減しびれきかせたのか、
「ばーばと居てもつまらんだろうが。子供は子供同士遊ぶのが一番だで、はよあの兄ちゃん達と遊びや。」
祖母が土のついた軍手で指さした方を見ると、木陰に三人程男の子がこちらの様子をうかがっていました。
私が見ると三人は木に隠れました。
「ばーばも一緒に来て。」
祖母はあきれたような顔をして、
「なーに言ってるこの子は。」
祖母は笑いながら三人の男の子たちの方に歩いて行きました。
私は祖母に付かず離れずしながら後ろから追いかけました。
「やっちゃん達のう、少しでいいから千津子と遊んでくれんかの。」
逃げようとしていた彼らは居直って、私の顔を睨み付けるように見ています。
「ああいいよ。」
やっちゃんという子が仏頂面で応えると、あとの子達も頷いたのです。
男の子達の遊びにはついて行けるはずもありません。
置いてけぼりにされても泣きながら付いてこようとしているのが面白いのか、わざと木登りしたまま降りてこなかったり、
「チーズ、チーズ、チーズばっか食ってるからチーズみてえに真っ白けっけ。」
と言って名前をからかい始めました。彼らは私より三つ上でした。
当時私は小学校に入学したばかりで、色白だった為クラスの男の子からも"はんぺん"というあだ名を付けられたばかりでした。
そんなときでした。
「あんた達何をしているの。」
いつ来たのか泣いている私の後ろに女の子が立っていて、腰に手をあてたままやっちゃん達を見上げていました。
「小さな子を泣かすなんて、男の子のすることじゃないわね。」
やっちゃん達はしぶしぶ木から降りて来て、なぜか先程までの威勢の良さはどこへやら上目遣いに私を見ると、
「ごめんなチーズ・・・じゃなかった、ちづちゃん。」
女の子は小学校の高学年くらいでしょう。
とても利発的な顔立ちでそれでいておごりのない優しさをたたえた表情が、その時の私の心を捕らえたのです。
「芳乃」と書いてよしのという名前だと教えてくれましたが、私は"よしおねえちゃん"と呼びました。
子供達の間でも彼女は無くてはならない特別な存在だったのです。
どんなことでも受けとめてくれるよしおねえちゃんに甘えるだけ甘えていました。
そんな私にいやな顔一つ見せず、本当の姉のようにいつでも優しく応えてくれたのです。
花飾りの作り方も教わり、一日じゅうよしおねえちゃんを囲んで野原で遊んだりもしました。
やがて空は紅色になり村の望楼の鐘が鳴り出すと、私達は名残惜しそうに手を振って別れるのですが、初めにさよならするのは、よしおねえちゃんでした。
それまでは誰も帰ろうとせず、お姉ちゃんを見送ってから各々の家に帰ったのです。
子供達の背丈よりも高い葦の茂みで立ち止まると、よしおねえちゃんはいつもの笑顔で
「また明日遊ぼうね。」
と言うと、茂みの中に続く路に消えていきました。
おねえちゃんは何でも教えてくれましたが、お姉ちゃん自身のことについては何一つ知らないことに気づきました。
ばーばから聞いた話では、葦の茂みの奥にある真寧寺というお寺の住職さんのお孫さんのようだと言っていましたが、それも定かのようではありません。
そんなことは私にとってはどうでもいいことでした。
毎日おねえちゃんと遊ぶことが出来るのであれば、それに勝る楽しみは他に考えられませんでした。
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そうしているうちに夏休みも終わりに近づき、おねえちゃんともお別れしなければなりません。
「きっときっと来年も来るから、おねえちゃんそれまでちづのこと待っていてね。」
「うん。いつまでもちづちゃんのこと待っているよ。」
私は一生の別れででもあるかのように泣きながら、両親の手にひかれてそこをあとにしました。
『遠い日の想い出』その二へ つづく

