2006年11月05日日曜日
---奇妙なお話し2--- [ショートショート]
『遠い日の想い出』 その二
翌年の夏、約束どうりお姉ちゃんは待っていてくれました。
あいも変わらぬあの時の優しい笑顔で迎えてくれたのでした。
以前にも増して眩しく感じました。
いつもの野原でお花を摘み、鐘が鳴ると夕焼け小焼けを歌いながら帰ります。
次の日、野原で待っていてもよしおねえちゃんは来ませんでした。
どうしたのか確かめたくなって、おねえちゃんの家に行こうかと相談しました。
葦の茂みの入口に差し掛かったとき、なぜかそれ以上入ってはいけないような気がしたのです。
みんなも同じ気持ちだったようで、一言も口を利かず帰りました。
翌日、野原でおねえちゃんがみんなを待っていました。
私は「どうして昨日・・・・・。」と聞きたくなったのですが、おねえちゃんの顔を見るとなぜか言い出せなくなります。
何も言わずニコニコしているおねえちゃんが、もうどこかへ行ってしまうような・・・
なぜかそんな気がしてきて勝手に不安になったものです。
私は大きな月から視線を部屋の壁に移しました。
そこには三十七年前おねえちゃんからプレゼントされた、花飾りが今でも飾られております。
おねえちゃんとはその二回目の夏休みを最後に逢えなくなりました。
最後の最後まで自分のことを言わずに私たちの前から消えたあの美しい少女。
花飾りを見る度にあの笑顔が生々しく思い出されるのです。
今は執筆で忙しい身ですが、先日休みをとって思い出の地へ向かいました。
祖父母のお墓参りもかねて訪ねていったのです。
畑や田圃は高いビルに、毎日遊んだ野原は高速道路に変わっています。
ところが一カ所だけ見覚えのある場所がわずかに残っておりました。
あの少女が鐘の音とともに姿を消していった葦の路です。
何度おねえちゃんに会いたくてこの入り口に立ったことか、でもそこから一歩も進むことができませんでした。
入口に立って前方を眺めてみますと、あの時見えなかったお寺が目にとまりました。
なんとなく夢が果たせたような気持ちになって、お寺に通じるであろう葦の路を一歩一歩進んで行きました。
あそこに行けば何かあるかもしれない。
何か解るかもしれない。
期待と不安の入り交じった気分が、いっそう足を早めました。
百メーターほど平坦な道を歩いた後、少し急な階段を五十段上がりきったところにお寺はありました。
残念なことにお寺には人の気配はありませんでした。
少しばかりの境内は雑草で敷き詰められており、もう何年もの間人が立ち寄っていないのでしょう。
さびれきった本堂の周りを歩いてみました。
夏の陽が落葉樹の間を抜けて、苔に覆われた建物を照らしています。
ここだけ当時のままに時間が止まってしまったかのようです。
本当におねえちゃんはこのお寺に住んでいたのでしょうか。
正面に引き戸があり左側の戸が少しばかり開いていたので、そこから中を覗いてみました。
薄暗くてはっきり見えませんでしたので、さらに戸を引いてみました。
中は想像したよりきれいなままで、何者にも荒らされた様子もありませんでした。
正面には一体の仏像がこちらに向かって立っています。
それは観世音菩薩でしたが、肩から胸にかけて何かがぶら下がっています。
花・・花飾りに違いありません。
何かに憑かれたように、私はその花飾りを手にとってしばらく見入っていました。
まさかとは思いましたがその花飾りは、私がおねえちゃんにあげた物に間違いありません。
お姉ちゃんから花飾りの作り方を教わって、初めて上手く作れた物だからそれを大好きなおねえちゃんにって、ブローチも付けてプレゼントしたことは忘れもしません。
そのブローチがころころと床に落ちました。
どうしてこれが観音様の首に掛かっていたのでしょう。
当時ここで何が起こったのでしょうか。
今はそれを知る由もありません。
この先菩薩像は誰の目にも触れず、ここで微笑み続けるのでしょう。
誰に向かって・・・・・・
-------- おわり -------- 1995年創作
後書き・・・
この話は私の知り合いの女性から聞いた物で、
ご本人が幼い頃体験した出来事をなるべく忠実に物語にした物です。
ご本人の承諾をいただいた上で脚色していますので、多少内容は変
更してあります。
貴重なお話しを提供していただいたご本人様に厚く感謝すると共に、
この作品はお仕着せながら私からの贈り物とさせていただきました。

