2006年12月11日月曜日
---奇妙なお話し5--- [ショートショート]
『個展の絵』 その二
その顛末を事細かく説明した。
話を聞き終わった刑事はにわかに表情を崩したかと思うと大声で笑い出した。
周りの警官達は弾かれたようにこちらに目を向けた。
「あんたね、今のこの世の中いくらオカルトブームだからといって、そんな話信じる人が実際いると思うのかね。」
私は予期していた相手の反応を受け流しながら、反撃の機会を待っていた。
刑事の罵倒にも似た嫌味が一通り終わったのを待ってから、一言言わせてもらった。
「この会場は密室でした。
例えばここで犯罪が行われたとして、じゃあその被害者はどこにつれて行かれたのですか。
何者がどうやってこの警備体制の堅固な部屋を出入り出来たのでしょうか。」
刑事は私の挑戦に対して、
「うーむ。」
と唸っているだけであったが、
「それはこれから鑑識と現場検証が何らかの答えを出してくれるでしょう。」
苦し紛れの言い訳をすると、刑事は絵に近寄っていきじっと見始めた。
「はーっ、さすが絵描きさんは、うまいもんですなあ。
絵の世界も色々な描き方があるもんなんですなあ。」
刑事は一点を指さしながら妙な関心の仕方をしているので、何のことかと覗いてみた。
刑事の指は例の木に当てられていたが、
「何がうまいんですか。」
「ほらこの木の幹の中。どことなく人間の表情に似たところがあるでしょう。
いや本当に人間がここに居るような感じがするじゃないですか。」
私は木の幹を見たが、その瞬間何とも言い様のない不快感が全身を貫いた。
後からは冷や汗と悪寒と震えが殆ど同時にやってきた。
私のただならぬ様子に気づいた刑事は、
「何か?気に障ることでも言ってしまいましたかな。」
「私は描いた覚えがない。こんなところに人間の顔を描いた覚えは全くないのですよ。」
「ええと・・・・ということはまさかあなたは。」
刑事は今まで私から聞いた嘘のような話しを、もう一度頭の中で反復しているようだ。
「刑事さんが今考えていることは紛れもなく起こっているのですよ。」
「まさか・・・。」未だ釈然としない刑事は、
「ではこの絵が確かにあなたが描いた絵とは違っているという事が証明できる物がおありですかな。」
また挑むような口調で言うと刑事は絵の前から離れていった。
鑑識と何か話しているのを後目に、私はあることを思い出したがはたしてあるかどうか・・。
急いで自宅へ電話してみた。
女房は居なかったが長男が電話口にたった。
しばらく長男と話しをして電話を置いた。
私は長男が来るのをとても待ち遠しく感じた。
それから1時間程たって、入口の辺りでもめあっているような声がした。
長男が中に入ることを警官に拒まれているらしい。
「刑事さん、私の息子です。とても大事な物を持ってこさせましたので入れてください。」
刑事は目で合図すると息子を会場に入れて、後ろから自分もついてきた。
私は息子が持ってきた分厚いアルバムを開くと目的の写真を探した。
「あった!これですよ・・刑事さんこれです。」
私は写真に目を向けたまま言った。
刑事は眼鏡を外すと、一枚の写真をのぞき込んだ。
しばらく見た後、
「うーんこれにはそれらしい物は無いが・・・これは誰が写した物ですか。」
息子が横から控えめに、
「あのう、それはぼくの姉が撮った物です。」
「絵を写真に撮ってどうするんですか。」
「父が出た美大へ姉も通っているのですが、やはり絵がとても好きで勉強のために父の絵も参考にするのだと言っていました。
これは普通の大きさですが姉は気に入った絵の写真を拡大していました。」
「うーん、この写真の拡大したのはないかな。」
「今姉は一週間伊豆へ旅行に行ってるので居りませんが。」
「なんとか連絡はつかないかね。」
「宿泊先の電話番号は母が聞いているはずですから、後ほどぼくから聞いてみます。」
とりあえず絵の分析結果が出るのは四日から五日程度は必要らしい。
現場に残された血液のサンプルや諮問などの痕跡を丹念に採取すると、床の血をきれいにふき取って鑑識達は出ていった。
「しかし血液がここにだけ落ちているのもおかしな話しだな。」
刑事はまた話しの次元を元に戻すような言い方をした。
それから少しして、昨日の女が入ってきた。
事情聴取ということのようだ。
昨日私たちに話したのと同じ事を、女は繰り返して刑事に話している。
女の表情には憔悴の色が濃く出ていて、刑事の質問に対しても感情の抜けた受け答えが精いっぱいのようだ。
話を聞き終わった刑事は、ますます分からないとでもいうような仕草で頭をかいている。
女を刺激する事になるかもしれないが絵を見てほしいと言うと、刑事は先に立って女を促した。
幸い床の血溜まりは拭き取られたばかりだったので、チョークで描かれたアメーバのような模様が残っているだけだった。
「この絵を見て何か感じますか・・・・・。」
もちろん女には今日のことは何も知らされてはいないので、木の中に埋まっている人間のことについては気づくかどうか疑問なのだが。
女は木の方に目が釘付けになるのと同時に、カッと目を見開くとそのまま気を失ってしまった。
初めの事件の男性については未だ消息がつかめていないようで、警察にとっては有力な手がかりがない状態だ。
『個展の絵』その三へ続く

