2006年12月13日水曜日
---奇妙なお話し5--- [ショートショート]
『個展の絵』 その三
その日は遅くまで現場検証が行われていたが、犯人を決定づける物的証拠は
これといって見つからなかったらしい。
犯人という言葉を出すのもまだ早いと刑事は言っていた。
なにせ被害者がどこからも見つからない訳だし、爺さんが絵の中に引きずり
込まれたなどという女の言葉を信じる人間が何処にいるのだ。
事件として扱うかどうかも決定的な動機がない。
とりあえず今は捜査が始まったばかりなので断定するような話し方は控える。
・・・・と言い残して帰っていった。
今の段階では刑事の言うとおりだ。
現実離れした話だけが唯一の証拠として存在しているのだが、しかし何か警察も
見落としていることがあるかもしれない。
はなから絵の件に付いては本気になって調べているといった様子ではなかったからだ。
壁の時計はもう十時半過ぎを指していた。
私は警備員と二人で絵の周辺を見て回った。
警備員は絵を見るのを避けているようで、床や壁を調べているその時、
「先生、あれは何でしょうか。」
警備員は天井を見上げてぽつんと付いているしみのような物を指さしている。
「汚れか・・・・・・・。いや何か付いているぞ。」
警備員は椅子を持ってきて天井の黒い点を調べ始めたが、
「先生、穴ですよ。ここに穴が開いているんです。」
「なんだ、穴か・・・・・・・・。」
とは言ってみたものの、ふと頭を何かがよぎった。
「おい、ちょと待てよ。今この上の階はどうなっているのかな?」
「確か空き部屋のはずです。
私はこのビルの警備を始めてもうかれこれ三年になりますけど、専任でやらせてもらって
一度も上の階には上がったことはないのです。
出入りしている人も無いようです。
今度の事件があって警察に頼まれて上がったのが初めてです。」
「どうして上がったことがないのかね。」
「このビルのオーナーの言いつけですから。」
「君、上の部屋の鍵は持っているんだろう。」
「金庫に保管してはいますが、開けたことはもちろんありません。」
「一緒に来てくれ。」
「どうするんですか。」
「警察は二階の部屋も捜索の対象にしたはずだが、何か見落としていないとも限らない。」
「警察は二階には上がりましたが、部屋の中までは入っていませんよ。
扉の外から中を見渡してすぐ閉めました。何もなかったのでしょう。」
「部屋は一つだけなのかい。」
「扉は一つしかありませんでしたので。」
警備員に鍵を持ってこさせ私は上に延びている階段を静かに上がっていくと、
暗闇に延びる廊下の右側に扉が見えてきた。
扉が一つしかないのに妙に長い廊下だ。
しばらく扉の中の様子をうかがっていたが何の物音もしない。
警備員に扉を開けてもらい、電灯のスイッチをつけた。
いっぺんに暗闇が破れて明かりが部屋をさらけ出した。
私たちはその部屋の異様な雰囲気に驚いた。
壁には豪華そうな額に入れられた絵が所せましと並んでおり、一見展覧会にでも
来たような錯覚を起こすくらいにすばらしい絵が飾られている。
どこかで観たような気もするのだが思い出せない。
その時離れた場所にいた警備員がギャッと叫んだので何事かと思いそちらへ
行ってみると、床に日本の国旗に似た模様の物が転がっている。
白い猫の死骸だった。
「まだ死んでそれほど時間は経過していないようだ。」
気を取り直して警備員は、
「もしかしてこの猫の血が下に落ちたのでは・・・。」
「うん、私も今そう思ったところだが・・・ということは穴がこの猫の腹の下にあるはずだ。」
私はハンカチで猫を脇へよけた。
案の定、穴は見つかった。
穴からは下の会場の明かりが見えている。
その時だった。
私たちの後ろで何かが倒れる音がした。
驚いて振り向くと、床の上に人が倒れているではないか。
近寄ってみるとそれは男で、わずかに開いた口元からは真っ赤な血が垂れてきた。
すでに男の息は無かった。
しかし驚いたのはその為よりも男の顔を思い出したからだった。
前で横たわっているのは、最初の事件の時のあの男ではないか!
それから一週間ほど経って刑事が私の自宅に顔を見せた。
「刑事さんまだ私を疑っているのですか。」
「いえいえとんでもない、今日は先生にお礼を言いに来たのですよ。」
「お礼?」
「ええ。今回の事件は奇怪な事件から始まっていたのでどうもやりづらかったのですが、
先生達のおかげでどうにか事件の大筋も解明できました。」
刑事の話ではこうだった。
あの絵の前に溜まっていた血溜まりは、やはり上の階で死んでいた猫から落ちてきた物だった。
"なぜあんな所に・・・。"
それは上の階で死んだ男が猫を殺した後わざわざそこに置いたものだった。
"なんのために・・・・・。"
「今度の事件ではあなたにも多少関わりがあるかもしれません。
直接にではないですが。
事の始まりはこうです。
あの男はあのビルのオーナーになったときまでは、有名な画家だったそうです。
篠崎慎太郎というそうですが。」
私はその名前を聞いて驚いた。
私の大学時代に教鞭を執っていた恩師ではないか。
「ビルを建てた当時はとても羽振りがよく、海外の超有名な画家の絵を買いあさって
いたそうですよ。
『個展の絵』その四へ続く

