2006年12月20日水曜日
---奇妙なお話し5--- [ショートショート]
『個展の絵』 その四
ところが思わぬ災難が篠崎画伯の一家を襲うことになるのです。
当時世間を震撼させていた通り魔というのがあったのをご記憶かと思うのですが、
買い物帰りの奥さんと小学生だった長男が不幸にもその悪党の刃に罹ってしまったのですなあ。
それからの画伯の生活は目に見えて荒んでいったそうです。
それからいつしか画伯のことを気にかける者も居なくなり、近くに住む人たちもそれ以後画伯の姿を見た者は居ないそうです。」
確かにあの頃から篠崎先生は大学には来ていなかった。
「ただ、画伯にはもう一人子供さんが居て女の子だったそうですがその子の消息もぷっつりと途絶えたままだったそうです。
ところが!」
驚くような大きな声で、
「先生、私たちはその子に最近あっているのですよ。
しかも話も交わしているのです。
そう、あの第二の事件の女が画伯の娘だったのですよ。
綺麗な娘なのですが残念なことに母親と弟の死がよほどショックだったのでしょう。
精神的に異常をきたしてしまったのです。
画伯はそんな娘が不憫でやりきれない思いだったはずです。
とても結婚など望むべくもありません。
一生自分が面倒を見ていこうと決心したのです。
そんな子であると思えば余計に愛情が沸いてくると言いますが、画伯の場合はその
枠を超えてしまったんですねえ。
女として娘を愛するようになってしまった。
二人はあのビルの・・・・画伯が死んだあの部屋ですが、あそこでひっそりと暮らしていたようです。
ところが最近下の階で絵の個展を開いていることを画伯は知ったのです。」
「それが私なのですね。」
「そのとおりです。
しかも昔自分が講師をしていた大学の生徒だということで、それまでの画伯の生活に大きな影響を与えたのでした。
実際画伯はあなたに対してどういう感情を持ったのかは今となっては分かりませんが、居ても立ってもおれなくなったのは確かでしょう。
現にあのコンクリートの床に穴まで開けて、下の様子を見ていたのですから。」
執念なのか・・・・少し身震いがしてきた。
「穴からはわずかに話し声が聞こえるだけで内容まではとても聞こえやしません。
思いあまった画伯はとうとうあなたの前に現れたのです。
画伯は思う存分教え子の絵を鑑賞したのでしょう。
あなたの前を歩いても自分の正体がばれないのを知った画伯は、あることを思いついたのでした。
それがあの事件です。
これは今となっては推測でしかないのですが、おそらく画伯はあなたにだけは自分の存在を知って欲しかったのではないでしょうか。
だから絵の中の木が動いているとか何とか言って自分の方に気を向けようとしたのではないでしょうか。
もちろん実際にはあり得ない事なのですが、その時の画伯の精神状態は手段を選んでいるほどの余裕はないはずですし、もしかしたら知能的にもそれが精いっぱいの考えだったのかもしれません。
あなたは画伯の作戦に引っかかり、話を交わすことが出来たのです。
それだけで画伯は満足していたのです。
それは画伯の遺書に書いてあったので確かです。
その後は娘とあのビルを出ていこうと考えていたそうです。
ところがそこに思わぬ事件が持ち上がったのですが・・・・そうそれが例の第二の事件でした。
画伯の知らないうちに、娘があなたの前で大芝居を打っていたのを穴から観ていたのですね。
画伯も驚いたことでしょう。
娘は父親があなたに対して憎しみを抱いていると誤解したのでしょうね。
そんな父親の無念を少しでも晴らしてあげたいと考えた娘は、あなたの個展さえも失敗させようと色々な小細工をしました。」
「あの絵はどういうことになるのでしょう。」
「夜中にこっそり会場に忍び込むと額縁から絵を抜き出して、あの悪戯を描き足してまたもとに戻しておいたのです。
画伯の娘ならそのくらいのことは朝飯前でしょう。」
「しかし警備員がいつ来るか分からないのに・・・・。」
「警備員は目撃したのに嘘を付いていたとしたらどうでしょう。
彼女と警備員はぐるだったのです。
一年ほど前から男女関係があったそうです。
画伯はそんな二人を見て見ぬ振りをしていました。
娘に対しての贖罪の気持ちもあったのでしょう。
愛し合う二人は今回の計画を遂行しようとしましたが、画伯の真意は其処にはないということが分かって急きょ予定を変更せざるを得なくなり、事件を霧の中にまいてしまうために絵の前だけに血溜まりを作っておいたのです。
画伯の開けた穴が都合よかったのです。」
話を聞いてるうちに画伯に対して申し訳なくさえ思えてきた。
「二階のあの部屋も捜索されたと聞きましたが、なぜすぐにそこを出てきたのですか。」
「今でも不思議で仕方ないのですが、その時は部屋の中には何も無かったのです。」
「.......。」
私は篠崎家と書かれた卒塔婆の前で、手を合わせた。
"どうしてあの時身分を明かしてくれなかったのですか。
そうすればこんな事にはならなかったでしょうに。"
線香に火をつけるともう一度頭を下げた。
その時墓石に刻まれた死亡日を見て愕然とした。
この墓は三年前からここにあるのだ。
それから二年が過ぎた。
何気なく朝刊に目を通していると、
[**町の***ビルで開催されている展覧会で、突然人が消えてしまうという謎の事件が相次ぎ、警視庁では・・・・・・・]
あのビルは二年前に壊されたはずだが・・・・。
---おわり--- 1996年創作

