2007年01月06日土曜日
---奇妙なお話し6--- [ショートショート]
『封印された記憶』 その一
その時は未だ判っていなかった。
今置かれている自分の境遇と、ここがどこなのか・・・ということが。
今思えば・・・・いや・・・今考えると恐らく自分の周りでは、よく手入れの行き届いている刃物を持った人間達が私を取り囲み、体のあちらこちらをその妙に光るナイフで切り裂き、ある者は内蔵をある者は頭の一部を切り開いてはさらに訳の分からない細く長い管を差し込む。
その管からはどす黒い血液が流れ出し、洗面器のような浅い器に溜まっていく。
そこにいる人間達は一言二言話すだけで、後はいっさい会話はしない。
黙々と私の身体に挑んでいる。
たまに金属の触れあう音がしていたり、そばで分けの分からない器械がピコピコ鳴っている。
それから何時間たったのかもちろん私には知る由も無いが、中心になって動いていたその男の手がぴたっと止まると、低いが信頼感を与えるような声で、
「やった。成功だ。」
その声と共に周りの人間達の表情に、安堵と充実感が現れてきた。
「お疲れさまでした、先生。」
「うん、皆もよく諦めずに頑張ってくれたね。ありがとう。」
私は白い四角四面の部屋から別の部屋へ移されていった。
暫く空白の時間があったらしいが、そんなことは分かろうはずもなく、いったい自分は誰でなぜ此処にいてどうなっているのか・・・そんな疑問しか頭の中にはなかった。
目を開けようにも鼻から上は、何かで締め付けられているため開けられず手足も麻痺しているのか、自分の意志ではどうしようもない状態になっているのに気づいて諦めた。
多少上半身の位置をずらしてみたが、腰に激痛が走ったので容易ならぬ事態なのは確かのようである。
不思議にも不安はなかったが時間が気になった。
何時だろう・・・。
一日のうち殆ど死んだように眠っていた。
というよりも、もしかしたらもうすでに自分は死んでいるのかもしれない。
今は天国への道をさまよっているのかもしれない。
しかしまた腰に走った激痛で、自分は確かに生きていることを実感して安心した。
その時何かが自分の肌に触れたのを感じとった。
それは肩のあたりをそっと滑るように触ったのだが、その後はそれっきりなにも起こらなかった。
気のせいか
今の自分のからだは正常ではないはずで、あちこち筋肉の痙攣も未だ治まっていないのだから、おそらくその背なのだろう。
久しぶりにあれこれ考えていると疲れてきたのか、急激に睡魔がおそってきた。
またいつものように、魂が頭の先から抜けていくような感じでいつのまにか眠りに入っていった。
何かのざわめきが聞こえる。
夢心地に聞いているうちは、ざわめきにしか聞こえなかったその音がだんだんはっきりとしてきた。
人間がしゃべっている声で、それは自分に話しかけていることに気づいた。
「吉谷さん、吉谷さん!」
静かだがしっかりと意志を持った声で自分に話しかけている。
「まだ意識が戻っていないのかしら。そんなことはないわね、昨日の検査で確認済みなのだから。」
女の声か・・・・・。
検査がどうのと言っていたけど、何の検査だ?
意識が戻っていない・・・ってどういうことなんだ。
その女の人は私の腕を取ると脈を計っているようで、側に置いてあったメモにしゃかしゃか書き移しているのが分かる。
その女の人は私の身体のあちこちを触って診ては、メモに何かを書き移すことを繰り返していたが、最後に痛い針を腕に打ったらバタンと部屋を出ていった。
もしかしたら此処は病院ではないのか?
先ほどの女の人は看護婦で、私の身体の状態を診に来たんだ。
痛かった針は注射か・・・。
後で分かったのだがそれは点滴だった。
私は何かの事故で瀕死の重傷を負い、此処に運ばれたのだろう。
少しずつ今の状況がつかめてくるのだが、あるところから先は全く記憶に無い。
私ははっとした。
頭の中に記憶喪失という言葉が浮かんできたのだ。
何も自分のことが思い出せない以上は何らかの原因で記憶が戻らないか、もしくは過去の記憶が消えてしまったとしか説明できないではないか。
しかしその時もことさら特別な感情は沸いてはこなかった。
ただ知りたいことが何点かあっただけで、どうやらそれをするには身体の異常が早く癒えてくれるのを待つしかないようだ。
それから数日後のこと。
いつものように医者と看護婦が回診に来た。
その頃になると私も大分気分が善くなり軽い会話もできるまでに回復した。
「吉谷さん、気分はどうですか。」
低いが穏やかな声だ。
男の人か。
「・・・・・・。」
「あと三、四日すれば頭の包帯もとれて目が見えるようになりますからね。」
と今度は女の人の明るい声が少なからず元気づけてくれた。
俺の名前は'吉谷'というのか。
他人の名前を聞いたときのような気分だ。
「今だから話しますけど、あなたは三日間昏睡状態になっていたんですよ。」
さらにつけ加えて、
「今のあなたはとにかく早く善くなるために、余計なことはいっさい考えず栄養を採ってよく眠ることが大切です。いいですか。」
「・・・・・・。」
医者と看護婦が出ていってからいつの間にか眠ってしまったようだ。
そしてその事に気づいたのは何時間か眠ったあとの事だったと思う。
私の寝ているベッドの脇で誰かが立ったり歩いたり、何かやっている気配で目が覚めた。
看護婦か・・・。
先程来たばかりのはずだが。
その気配は私の枕元に来ると、毛布をゆっくりとめくりはじめた。
一瞬驚いたが成すすべが無くされるままにしていると寝間着の前のボタンを外し、いつ用意したのか温かい濡れ布で身体を丹念に拭き始めたのだ。
『封印された記憶』その二に続く

