2007年02月21日水曜日
"陸別木やり太鼓"の全盛と衰退を共に [ボクジンの昭和40年代]
小学生の頃に発足した、ふるさと陸別町の郷土芸能に参加して。
前にも紹介したけど、ボクジン少年の子供の頃は陸別も活気があったんだ。
「木やり太鼓」とは、陸別のメイン産業である林業が盛んだった頃からの営みを、大人たちの謳や踊り、そして子供太鼓の共演で表現して、伝えていこうという試みで発足した会なのだ。
その活動の中心人物だった人が、ボクジン少年の父親と親しかったので早速声がかかり「太鼓やってみないかい?」と誘われたのがきっかけだった。
友人だった小学生達もたくさん入会した。
お囃子や民謡の得意な大人たちもたくさん参加し始め、結構な大所帯にまで成長したんだよ。
学校が終わった後、近くの公民館に集まって週に何回かかの練習に出ていた。
練習は年間を通して行われ、その間色々な市町村を回ってお披露目もしていたんだ。
でも練習の時が一番楽しかったかも。
滝川、清水、足寄、広尾、帯広などなど。(あまり覚えていなくてすんません)
ボクジン少年が密かに好意を持っていた女の子も参加していたので、授業が終わるのをとても楽しみにしていたからさ! (゜o゜)
北海道の色々なところへ行ったし、帯広のNHK番組にも陸別の郷土芸能ということで紹介されたんだよ。
確か、子供太鼓(樽で作られた小さめの太鼓)では、ボクジン少年は一番前の列に陣取っていたから、太鼓のお披露目が終わったあと、ボクジン少年がインタビューされてしまったのだ。
「いつ頃から太鼓始めたの?」
「お...お盆頃から...」
小さく聞こえづらい声で、答えてしまった。
まさか自分がインタビューされるとは思わなんだから、ドッキンドッキンだったのを覚えているなあ。
その頃のボクジン少年はとてもシャイな子供だったんだ。 今からは想像できないが...(-_-)
それから何日後かに、その番組が放映された。
自分で見ていて、なんか不思議に感じたなあ。
それからは、町のお祭りや何か行事があるたびに、出演していたんだ。
とっても活気があり楽しかった時代だ。
結局、ボクジン少年は高校1年ごろまでやっていたのかな。
最後は、松山千春がメジャーデビューしたと言うので、盆に陸別でコンサートを開いた時が最後の出演になったと思う。
千春が出る前に前座で太鼓をやったんだけど、もうそのときには以前のメンバーは殆どいなくなり、民謡や踊りの大人は全くいなくなっていたんだ。
ボクジン少年にとってそれが最後の木やり太鼓となった。
「陸別木やり」はボクジン少年と共に始まって、ボクジン少年と共に終わったって感じだ。
でもその活動は、少年にとって確かに何かをもたらしたと思う。
何か大切なものを教えてくれたんだと思う。

