2007年03月06日火曜日
---奇妙なお話し8--- [ショートショート]
『何かがいつも』 その二
それから一時間がすぎた。
しかし私の期待もむなしく、霧は一層激しく移動し始めている。
妻は不安げな表情で私に、
「あなたどうします。これじゃ帰れませんね。」
私の頭には、遭難の一文字が浮かんできた。
家を出るとき娘の言っていた"万が一"が、現実になろうとしているのか。
娘も私の決断を待っているようだ。
私は、少しずつ移動することにした。
この山の地図をリュックから取り出し、自分たちの位置を確認するとその周りに休憩できそうな山小屋を探した。
手で地図をなぞっているうちに、ここから二キロ程の所にあったのでコンパスと勘を頼りに、親子三人かたまって移動し始めた。
平地での二キロは山では二倍にも三倍にも相当する。
すでに時間の感覚は三人とも無かった。
ただ目的の場所めざして勝手に足が動いている、と言った感じだ。
時々コンパスと地図をあわせてみた。
とたんに私は血の気が引いた。
私達が見ていた地図はこの山のものではなく、隣の山の地図であった。
地図をいっぱいに広げたはずが、霧のために肝心な部分が下に張り付いていたのだ。
愕然となった。
命を救うはずの地図が逆に私達をおとしいれようとしている。
完全に遭難したことを悟った私達は、誰を攻めることもできない悔しさと情けなさを噛みしめていた。
望みは他の登山者に会うか、天気の回復を期待するしかないのだがこんな所をさまよっているのは、私達くらいのものだろう。
前方に渦巻く乳白色の化け物を忌々しく思う一方、妙に安堵感が生まれてくるような・・・。
何故かは判らないが、絶対死なない!というような自信が沸いてくるのだ。
何の根拠もないのだが、目の前の化け物が敵か味方か曖昧な感覚にとらわれる。
このままどこか安全な場所へ誘導してくれそうにも思えてくる。
・・・・・そんなばかな。
私はおかしくなったのだろうか。
気を確かに持たねばここで犬死にだ。
私は、二人を元気づけながら乳白色の化け物を切り裂きながら進み出した。
寒さと、疲労、飢え・・・・そうだ昼食とるのも忘れていた。
はい松の陰に身を寄せあって、冷たく冷え切ったにぎりめしにかぶりついた。
食糧は今口にしたおむすびしか持ってこなかった。
多少気力は戻ったようだが、さてこの先どうしたらよいものか・・・・。
今何時だろう。
時計を見ると午後二時を少し過ぎたところだった。
長い間見当違いな方へさまよっていたことが、自分たちの寿命をその分短くしたのを実感したような気がする。
妻と娘は、うつろな表情であらぬ所を見ている。
地球上の生物が滅亡して、私たち三人だけが取り残された唯一の人間、生物にも感ぜられる。
私たち三人はなんとか立ち上がり進む。
凍るような冷たい霧と風が目を開けさせてくれない。
それまで開けられなかった目が一瞬、前方に何かをとらえた。
はい松の群生ではないのか・・・・
いや違う!私の足は躊躇なくその建物へ向かっていた。
山小屋だ、助かった!助かったぞ! 私は二人を強く引きながら、小屋の前までたどり着いた。
中には誰かが数時間前に立ち寄った後があり、まだ地面には炭の残りがほんのり温かい。
十畳以上はあるだろう。
部屋の隅には錆びた鋸とピッケルが主人から捨てられたのか、それとも忘れたのか何年もの間誰にも気にとめられず、土に帰ろうとしている。
ここはほんの休憩程度にしか利用されていないのか、荒れ放題といった所だ。
しかし今の私たちには、この上もなく頼もしい存在である。
あの乳白色の化け物から、とりあえず逃れられたのだから。
最終回、その三へ

