2008年07月19日土曜日
今は亡き、じいちゃんとの切ない思い出
じいちゃんは、帯広市に住んでいた。
ボクジン小僧が幼い頃は、共働きの両親が小僧をあずけに、よく車で帯広へ来たものだ。
そこには、大好きなじいちゃんとばあちゃんが待っているのだ。
その頃じいちゃんは、今で言うアパート経営をしていた。
アパートといっても今のようなモダンなものではなかったが、老夫婦の生活費くらいは、まかなえたのだろう。
その昔は、内地から開拓のために北海道へ移り、農業を営みながら12人の子供達を育てていたという。(母親談)
ボクジン小僧は、帯広に来るのが嬉しくて仕方がなかった。
なにせ、帯広は小僧にとっては大都会。
デパート、動物園、映画館、サーカス、温泉、路線バス、金魚売り、楽しげな童謡を鳴らしながら駄菓子を売る車、街中を歩く大勢の人...僻地に住む小僧にとっては、帯広はとても活気のある夢の国だったのだ。
その日もじいちゃんは、目を細めながら「**、よくきまちたね~」と、小僧を舐めるように抱き上げるのだ。
ひげが痛くて、嫌だったことだけは覚えている。
夜までには両親は帰ってしまい、小僧は一人、広い二階の部屋へ行って、押入れの中を這いずり回って冒険ごっこをやるのだ。
押入れには沢山の布団や毛布がいっぱいに詰まっていた。
次の日になると少し飽きてきたのか、ばあちゃんの手を引っぱって、
「ばあちゃん、どっかいこ」
うるさくまとわりつく小僧に、
「明日、爺さんとデパートいっといで」
小僧はとたんにワクワク。
明日が来るのを未だか未だかと、落ち着かなかった。
翌日はじいちゃんの仕事も休みなので、二人で路線バスに乗り、帯広の町にくりだすのだ!
バスは始発なので、一番前の子供用の椅子に陣取る。
じいちゃんがどこにいようと関係ない。
小僧の特等席なのだ。
窓から見える帯広の町がだんだんにぎやかになってきた。
「次は**、お降りの方はブザーを鳴らしてください」
小僧は降りるバス停を覚えていて、すかさずじいちゃんの方へ向き、ブザーを押す仕草をする。
じいちゃんは穏やかな表情で、うなずく。
でもたまに、誰かが先にブザーを押すこともあって、そのときは小僧も悔しかった。
小僧の行く先は決まっている。
デパートだ。
陸別には無い、何でもおいてある遊園地のようなところ。
当時はまだ普及していなかったエスカレーターが楽しかった。
じいちゃんの手をしっかり握って、おとなしく乗っているのだ。
何階だったろう...おもちゃ売り場へ直行さ。
見るもの全てが珍しく、小僧の目玉は大きく開いたまま 笑
あっちのショーケース、こっちの棚...じいちゃんも、さぞ疲れたろうな。
しばらくして、じいちゃんが
「**ちょっと一休みするべ」
小僧はこの時を待っていたのだ。
デパートの上にあるレストランに入るのが、とても楽しみだった。
さっそく買ってもらった動物達の人形を、テーブルの上に広げるのだ。
注文を聞きに若い女が来た。
じいちゃんは、クリームソーダを小僧のために頼んでくれたのだ。
注文を聞くと、女は素っ気無く戻っていった。
それからしばらく時間が過ぎたが、なかなか注文したクリームソーダが来ないではないか。
「じいちゃん、ソーダ来ないねえ」
じいちゃんは先ほどの女を呼んで、
「さっき頼んだクリームソーダ、未だ来ないんですがね」
女はじいちゃんの言葉を聞くと、また戻って行ったかと思うと、すぐにクリームソーダを持ってきたのだ。
じいちゃんは、
「ありがとうこざいます」
と丁寧にお礼を言うと、さっさと女は戻っていったのだ。
小僧は女が持ってきたものをじーっと見ていた。
"なんか変だなあ...クリームが溶けて無くなってるよ...ソーダ水も濁ってるし....ぜんぜん冷たくない..."
小僧の目線に、じいちゃんも気づいたようだ。
結論から言うと、すでに用意されていたクリームソーダだが、その女は小僧の席に運ぶのを忘れていたか、あるいは売れ残ってアイスクリームが溶けてしまったものを「これ幸い」とばかりに持ってきたのか。
いずれにしても、今の時代こんなことやったらその店、大変なことになるけど、当時はまだ消費者は弱かったのか...。
そのとき、じいちゃんはおそらく何も言わなかったはずだ。
気が弱い人ではないのだが、そのクリームソーダについては何も言わずに済んでしまったと記憶している。(私の記憶が正しければ!)
でもどうして、あの時何も言わなかったのだろう...。
目に入れても痛くないほど可愛い孫に(笑)、あの若い女はぞんざいな態度で、しかも時間が経って溶けてしまったものを、平気で出してきたことに対して、じいちゃんは何も言わなかったのだ。
幼い子供の夢と楽しいひと時を壊したのに...。
今はもう其のわけを確かめることは叶わないけど、この時のシーンだけは今もなぜか脳裏に焼きついている。
あの時の小僧は47になった。
そしてあのときの若い女は、今生きていればおそらく60歳代後半にはなっているだろう。
彼女は微塵もこの出来事の記憶はないだろう。
しかし、幼い子供にとってはその時の記憶が何十年も時を越えて、鮮明な映像となって残ることもあるのだ。
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とまあ、これがおいらの幼い頃の思い出なのだが、皆も未だに脳裏を離れない記憶があるのではないかと思う。
おいらの場合、どこかのレストランに入ると必ずといっていいほど、この記憶が蘇る。
それがどんな結末であったとしても、自分にとっては何かしら意味ある記憶なのだろう。
星ぼしいくつか 結ぶなら
今亡き祖父の 優しい笑顔

