2009年01月03日土曜日
名古屋営業所への応援出張へ行く [前職回想録]
今から21年ほど前のこと。
名古屋営業所へメンテナンスサービスの応援として、ボクジン青年が名古屋へ1ヶ月ほど出張へ出ることになった。
名古屋にも親類はいたのだが、まだ一度も立ち寄ったことがない土地だった。
いざ新幹線に乗り、一時間半ほどで名古屋に着いた。
その脚で名古屋営業所へ直行。
そのころは、イランとイラクが国境を巡る戦争、いわゆる第一次湾岸戦争が停戦に入る2年ほど前のことだった。
テレビで実際の戦争を見る、初めての経験だった。
戦争映画を見ているようで、とてもリアルタイムの出来事とは思えなかった。
当日はちょっとした業務を行い、仕事を早めに切り上げて、ボクジン青年の歓迎会を用意してくれたのだ。
営業所は少人数だったが、とても温かい人達で、東京での1日とはまるで違った感覚だった。
せかせかしていない。
翌日、さっそく遠方のお客様へ訪問。
初めての名古屋を運転するのは、やはりちょっと不安だったが、なんとか地図を見ながら現地に到着。
そこは皮革工場らしく、広い敷地に木造の大きな建物が並んでいた。
建物の周囲には、人影も疎らだ。
案内された建屋は、比較的小さなモルタルの2階建てだった。
2階にある実験室...とは言いにくいが、一応実験器具が置いてある部屋へ通された。
「何かあったら、この電話で内線**を呼んで下さいな」
と言うと、60代くらいの男性はそこを出て行った。
その部屋にはボクジン青年一人っきり。
部屋は10畳くらいあろうか。
四角四面な間取りで、古い事務机の上には干からびたままの得体の知れない物体がいつから放置されているのか、使用済みのビーカーや三角フラスコが雑然と置いてあり、その横にはすでに赤茶けてしまった大学ノートが無造作に開かれている。
ノートには数字が書かれていて、日にちも記載されている。
驚いたことに3年以上も前の記載だった。
それからはこの部屋は殆ど使われることもなかったのだろう。
ノートの一面ばかりではなく、部屋全体に細かい砂埃が堆積しているのだから。
四角い小さな窓からは、夏の陽射しが部屋いっぱいに広がり、そこだけ時間が止まったような感覚にとらわれた。
程なくボクジン青年は仕事にかかった。
それから1時間ほどで作業は終わり、先ほど教えられた電話で連絡した。
その間、窓からの風景に見入っていた。
少しして先ほどの担当者が戻ってきた。
「どうもどうも、直りましたか」
と、すすけた作業着の襟元をパタパタしながら、赤い顔で入ってきた。
「はい、重傷ではなかったので、部品も交換せずに直りましたよ」
「ああ、そうですかあ」
年配の担当者は、ニコニコしながら乾燥機の周りを見回している。
そして、
「あんた、ここの人じゃないでしょ」
と、ボクジン青年を見ながら言った。
「はい、昨日営業所の応援で東京から来たところです。」
「今日、時間はまだあるかい」
「ええ、大丈夫ですけど...」
「なら、土産話にでも見ていくかい、工場を」
「はあ、よろしければ」
ボクジン青年は、思わぬ誘いにワクワクした。
普段、客先の敷地内は見て歩くことは出来ないので、これは珍しいことだった。
「なあに、工場と言っても古いだけですがね。若い人は見たことがないだろうと思ってね」
と、笑いながらボクジン青年とその建物の外へ出た。
道の左右には色々な建物が並んでおり、近くで見るととても高さがあるのに驚いた。
そしてある建屋の前に来た。
建物と言っても正面には壁はなく、中がまるきり見えているのだ。
「ここは、屠殺場です」
ボクジン青年は、担当者の言葉に驚いた。
「えっ、それもここで行うんですか...」
「そうです、昔はいろんな動物が世界中から数多く運ばれてきましたよ。でも今は、貴重な生物を保護する傾向にあるんで、すっかり種類も数も減りました。時代と共にここに働く人間もね。
今はこんな仕事は皆、毛嫌いするでしょ。後継者がいないから、こんな歳になっても、生き物を殺さなくちゃならないんですよ」
彼の目は、遠い昔を見るようで、どこか寂しそうに映った。
今は食肉用の家畜にしか利用していないとのこと。
目の前の建屋で"テン""ミンク""ラッコ""ビーバー""シルバーフォックス"などなどの小動物達が、次々に殺されて、皮を剥ぎ取られていく様子が、見えるような気がした。
「ここで皮を剥ぎ取ったら右の建屋に運ばれて、肉や脂肪分を取り除くんですよ。その後"なめし"と言って、なめし剤で防腐処理を行います。」
行程の流れに従って建屋に移動し、最盛期に使われていたという道具などを見せてもらった。
しばらくしてボクジン青年は丁重に挨拶をし、そこを跡にした。
ハンドルを握りながら、色々と思いにふけった。
"繁栄と衰退"
これは必ずセットになっている。
栄えたものはいつかは次の世代、次の担い手にバトンタッチしなければならない時がやってくる。
それが、宿命なのだ。
人間達に、商売の道具にされた動物たち...
それを仕事と割り切って、殺害を続けなければならない人たち...
どちらも被害者のような...
そんなことを考えながら、名古屋市内へ向かった。

